映画「硫黄島からの手紙」で、旧日本軍の下士官が兵士に、米軍は確かに物量においては日本軍に勝るかもしれないが、兵士が臆病者ばかりだから恐れるに足りない云々と教育するシーンがあった。
同様の神話はじつは現在のNICUにおいても語られている。曰く米国NICUはレジデントやインターンが臨床の中心だから、診療が全般に粗雑であると。その点、本邦のNICUでは、年期を積んで熟達した専門医が中心になって診ていると。たとえばHFOひとつとっても、向こうの連中は使い方がわからんからトライアルやっても全然よい結果を残せなかったが、日本で使ったらちゃんと良い結果が出ていると。
HFOってのは新生児向けの特殊な人工呼吸の方法です。
それはむろん留学生の見聞とか、発表された臨床成績の良し悪しとか、語る人はある程度の根拠を持って語っているんだろうと思う。しかし不勉強で留学にも縁のない私としては、硫黄島の二等兵同様、そんな神話は素直に聞けない。彼らの孫の世代が現役の新生児科医の大半を占める時代になってもなお、俺らは旧軍の悪癖を克服しきれてないんだなあとさえ思う。
そんな神話を語ることで俺らは何を手に入れようとしてるんだろうとも考えてみる。いや、むしろ、何かに目をつぶりたくて、そんな神話を語っているのかもしれないと考えてみる。むろん目をつぶっているわけだから、そう語る私自身にもそれは見えていないのだが。
他人のことならよく見えるのに。映画の下士官は米軍の圧倒的な戦力に目をつぶりたかったのだと思う。結局は「玉砕」という美名の元に全滅するしかない自分たちの運命に目をつぶりたかったのだとも思う。私らは何に目をつぶっていんだろうか。彼らよりも高尚なものにだろうか。
いやもう、映画にでた海を埋め尽くす米軍の艦艇群の迫力と言ったら。文字で読んだことはあったが、視覚化すると凄いものだね。あれを自分の目で見た人間なら、零戦数機に爆弾抱えさせて突っ込ませるなんていう作戦を立案するはずがない。核魚雷でも持ってこないとあれは潰せない。
真珠湾を襲った当初の日本軍パイロットは強かったと聞く。彼らは中国戦線で豊富な実戦経験を積んでいた。しかしその栄光も長続きしなかった。技術力の無さと無理な作戦計画がたたって、年期を積んだパイロットは次々に失われていった。
ガダルカナル周辺では、ラバウルから1000kmの距離を零戦で4時間飛んで空中戦して4時間飛んで帰っていた。ガダルカナル上空で使えた時間が15分間だったというのがなんとも空しい。地上では万に及ぶ友軍兵が飢えに苦しんでいるのに。行き帰りはむろん自動操縦じゃないので、疲労のため洋上で迷って墜落するパイロットが後を絶たなかったという。当直を挟んで連続(最低)32時間勤務とかやってると、なんだかこの話が人ごとではない。我々の場合は(たまにしか)撃たれないわけだし、まだ甘いってのはよく分ってますけど。でも苦労をしてる割には3分診療で、友軍ならぬ患者の皆様にはあんまり愉快な思いをしていただいてませんよね。
俺らはベテラン揃いだから下手くそ揃いの敵には負けないぞという神話は、緒戦で戦意を鼓舞するにはよろしいかもしれないが、消耗戦になってくるとじわじわとその毒が我が身に回ってくる。熟練に頼りすぎると、いかに非熟練者でも戦えるようにするかという工夫がおろそかになる。速力があって防弾も利いた戦闘機の開発やら墜落者の捜索システムの構築やらといった実のある対策をしなくなる。あげくに最寄りの基地から1000kmも離れた位置にいきなり戦略拠点を築こうなんて無茶なことを考えたりする。旧軍の場合は、物資も技術力も(おそらく知恵も)無かったんだから、「実」って言われても無い袖は振れなかったのが実情なのだが。しかし俺らも袖無しを着てるんだろうか。
ガダルカナルの米軍は、襲撃してくる零戦がまさか1000kmも洋上飛行してきているとは思いもせず、どこか近海に航空母艦が隠れているのだろうと考えてそうとう探したと聞く。現代日本のNICUや救急の当直勤務はむこうの人に言わせれば全くクレイジーなのだそうだが、たぶん、傍目に見れば、我々は、ラバウルからガダルカナルまで零戦で飛んでいた頃からあんまり進歩してないんだろうと思う。
俺はいまNICUに居るつもりでいて、実は太平洋の上空を零戦で飛んでいたんだな。そういえばスーパーローテート研修医なんて学徒動員みたいな連中が臨床に出てきてるし。そのうちフィリピンまで押し戻されたあたりで、俺らも特攻を命じられたりするんだろうな。とくに彼らスーパーローテート研修医なんか狙われると思う。やっと離着陸ができるようになったと思ったら、僻地の診療所なんかに義務的に駆り出されるわけだ。いやいや義務なんてとんでもない、もちろん本人希望ですよ。嫌だなんて言う奴は大和魂とか医のココロとかが足りない非国民に限られるわけだから、当然みんな希望して行くに決まっているじゃないですか。機銃と無線機を取り外した零戦も同然の貧困な装備しか与えられないというのに。敵艦に到達する前に大半が撃墜されてしまうのに。その出発に際しては偉い人たちが出てきて「諸君に続いて自分たちも必ず後から行く」とか言うわけだ。
さて、俺らは何に目をつぶっているのだろう。それを直視しなければ、そのうち特攻機に乗せられる羽目になると言うのに。数十年後にはカズシゲの孫あたりが映画に出て、「俺たちは新しい日本の医療を作る捨て石になるんだ。それでいいじゃないか」とか医局で語る君や俺の役を演じることになるのだよ。