曖昧な指示が苦手。

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Nice!

幼稚園で遠足があって、プリントに『100mlぐらいのお茶またはジュースを持って来てください』と書いてあったので、前日に買いに行きました。

『お茶またはジュース』って、お茶なの?ジュースなの?

「どっちでもいい」という曖昧な指示は苦手です。

しばし悩んだ末、「子供はお茶よりジュースの方が喜ぶかな」という判断に辿り着き、『100mlぐらいのジュース』を探しました。
でも100mlは売ってませんでした。
120mlは売っていました。

果たして、120mlは『100mlぐらい』の『ぐらい』の範囲に含まれるのだろうか?

うーん

かなり迷って、けっきょく120mlのジュースを買いました。

その後、たまたま担任の先生とすれ違いました。

先生が息子に「明日お茶忘れないでね〜」と言ったので、「ジュースでもいいんですよね?」と聞くと、「でもジュースは甘いから喉渇いちゃいますよね」と先生は答えました。

え?それって「ジュースはダメ。お茶を持って来い」ってこと?
私は不安になりましたが言葉が出てこなくて何も聞けませんでした。

不安になった私は再びスーパーへ行って、『100mlぐらいのお茶』を探しましたが、200mlのお茶しか置いてませんでした。

200mlは『100mlぐらい』の範囲に入るのか?
いや、入らないだろう。だって、倍も違うもの。

そして別のスーパーに行きましたが、やはり200mlしか売っていない。

仕方ないのでお茶は諦めて、けっきょく最初に買った「120mlのジュース」を持って行かせることにしました。

その日の夜、夫にこの話をしました。

私が「120mlは『100mlぐらい』に入るのかな」と聞くと、「入るよ」とあっさり答えました。

そ、そうなの?

私はあんなに迷ったのに、夫は1秒も迷わずにあっさり答えられるなんて・・その基準は一体なんなんでしょうか?私には分かりません。

「じゃぁ200mlは?」と私が聞くと、「って言うか、何mlとか別にどうでもいいでしょ」と言われました。

えー
私がこんなに真剣に迷っていることは、定型の人には「どうでもいいこと」なのか・・

別の日、幼稚園でお祭りがあって、「オニギリを1〜2個持って来てください」と書いてありました。

「1個なの?2個なの?どっち?」とオロオロしている私。
「少食だから1個で充分だよ」と冷静に言う夫。

ああ、そうなのね。

それなら「たくさん食べる子は2個、少食の子は1個持ってきてください」と具体的に書いてくれたらいいのに。

曖昧な指示って、本当に苦手です。
でもこのようなことって、日常で頻繁に起こってるんですよね。。

「具体的に言わなくても普通は理解できる」
定型の人はそう思うかもしれません。

でも「普通」というルールは非常に不明確なものです。

人は皆、この不明確なルールのもとで生活をしています。

私の生き難さの根本的な原因はそこにあります。