I can't tell you why

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Nice!

うちのブロックには、僕が引っ越して来る前からいつも居たと思われるホームレスの男性がいる。

黒人で50歳過ぎと思われる年齢の彼は、どういうわけかほとんど毎日このストリート、それもファーストとセカンド・アベニューの間に表れ、寝ていたり、酒を飲んでいたりして過ごしていて、夜になって姿を消すこともあれば、アパートの入り口で寝ていたりして、時々警察官に取り囲まれたりしているのを見る。

間違いなく精神的な病気を抱えており、時々叫んだり、怒鳴ったりするのだが、人に危害を加えることはなく、この近所の人なら誰もが知っている存在だ。時に、もの凄くひどい状態になっていて、もう死んでしまうかなと思う位の時もあれば、何故かスーツを着ていたり、80年代風の女性ファッションに身を包んでいたりもするのだった。

毎朝、ベンはアパート前のポーチで一人でスクール・バスを待つ。もちろん、ずっと座っている事が出来る訳が無く、30メートル位の距離を行ったり来たりしているのだが、僕らの心配していたベンの知らない人に対する会話は、この人に向かってしまった。

普段僕らに対しては大人しく、ハイと言えば一応の返事はしてくれるこの男性、ベンに対しては勝手が違ったようだ。

ベンが子供だったからなのか、手を叩いたり、独り言を言うのが勘にさわったのか、「Hi Man」と言ったベンに対して怒り始めてしまったのだ。

ベンの声と男性の怒る声、さらに1階洗濯屋さんのティミの叫び声で、騒動をアパート窓越し聞きつけた僕は、慌てて外に飛び出した。

ベンは涙を目に浮かべ、ポーチに座っており「I said Hi to the man」と言う。いつもの泣き顔とは違う表情をしていて、かなり怖かったのが伺える。男性の姿は既になく、捨てゼリフを言い残してどこかに行ってしまったようだ。

洗濯屋さんのティミが怒鳴ったのは、男の人がベンの前に来て大声を上げたからで、それでもベンは「Hi man 」と言い続けていたそうだ。

ベンは人がハッピーで無い事を気にするので、自分の言った事で男の人が怒ってしまった事を、自分の中で許せなかったのだろう。

僕はさすがにベンにどう説明したら良いかもわからず「ベン、人によってはハイと言って欲しく無い人もいるんだよ」と言うのが精一杯だった。

夜になって事件を妻に話していると、「それが、外交的になったベンに一番心配な事だったわ」と言う。確かにどんな人がいるかわからないこの街で、下手に声を掛けたりすれば逆上して怒り出す人が居ないとも限らない。

フレンドリーに振る舞おうとするベンにとっては、何ともやるせない話ではあるが、それを見分けられるまで、挨拶をするのは知っている人だけに限らせるのが良さそうだ。