広汎性発達障害児への応用行動分析(フリーオペラント法)(ブックレビュー)

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Nice!

たまたまツイッターのTL上で知った本ですが、これはなかなかすごい。他のどの本にも載っていない内容が書かれた、とても貴重な本だと思います。広汎性発達障害児への応用行動分析(フリーオペラント法)著:佐久間 徹二瓶社まえがき第1章 広汎性発達障害について 診断について 人は学習によって人になる。しかし教育はセレクトしかしてこなかった 「できの悪い子は落第」から「幸せ追求の支援」へ第2章 応用行動分析の登場 どうして行動療法は悪評まみれだったのか? 応用行動分析(ABA)とは? ソーシャルスキルトレーニング(SST) ちょっとばかり付け加えます ロバースの行動療法 ロバース手続きの改善 私自身のスタート われわれは学者じゃない オペラント条件づけによる行動変容のカギ第3章 フリーオペラント法実施への補足 徹底的な甘やかし わがままが酷い例 わがままと困難克服とは同一の行動パターンである 自立の催促は無用 くすぐり刺激 皮膚刺激 静かな抱っこ二十分 逆模倣 指導の優先順位 喃語の発生頻度がその後の言語発達を大きく左右する 単語が出だしたら ことばは意味を知っていても、発音がちゃんとできても、話せない 構音障害第4章 不適応行動への対応 他傷行動、暴力行為  1.思い通りにしたいための他傷行動  2.嫌なことの回避手段としての他傷行動  3.注意引きのための他傷行動  4.試しの他傷行動  5.フラッシュバックの他傷行動  番外 自傷行動  1.人の存在が無関係な自傷行動  2.苦痛の緩和手段としての自傷行動  3.なんともお手上げの自傷行動  4.人の存在が必須条件の自傷行動 固執、こだわり行動 五感のアンバランスによる不適応行動 その他さまざまな不適応行動 おしっこトラブルの解決策  おねしょ  具体的解決策その一  具体的解決策その二  具体的解決策その三  具体的解決策その四  トイレ排尿の困難第5章 発達障害児をめぐる諸問題 医師の診断について 発達検査について 児童相談所について 民間施設について 保育所、幼稚園について 小学校について いい先生について お金と趣味についてまとめ著者は「あの」久野先生のお弟子さんなのだそうです。それを知っただけでも本書への期待が高まりますが、実際の中身はその期待通り(いい点も悪い点(笑)も)で、ものすごく個性的な本に仕上がっています。ちなみに、本書はこの手の本としては定価840円(税込)と、びっくりするほど安いのですが、実物が届くと少し納得します。サイズ、ボリューム感が「新書」のそれなんですね。コンパクトなので、短い時間でさっと読めて、繰り返し読み返せます(そして恐らく、繰り返し読み返すに値する本です)。ところで、最初に、本書に関する非常に重要なポイントを指摘しておきます。それは、この本が主に対象としている療育対象が、どのようなお子さんであるか、ということです。本書のタイトルにはる「広汎性発達障害児への…」というタイトルからは、一般的なイメージとして、比較的知的障害の軽いもしくは無い、高機能自閉症児やアスペルガー症候群のお子さんが対象であるかのように感じられますが、実際にはまったく違います。この本は、かなり重度の、知的障害(精神発達遅滞)を伴った、それこそことばがまったく出なくて自傷・他傷でほとほと手を焼いているような、バリバリの自閉症のお子さんが主な療育対象となっています。これはタイトルからはなかなか読み取れないので、本書のタイトルを見ただけでは、重い自閉症のお子さんを育てている親御さんはスルーしてしまいそうです。本書がすごいところは、そういった重い自閉症のお子さんに対するABAなのに、手間のかかるボトムアップのアプローチにはなっていないところです。(そしてそれこそが、本書のサブタイトルである「フリーオペラント法」の威力なのです。)ここで言っている「ボトムアップ」とは、たとえばことばを発するために、着席を訓練してマッチングを訓練して動作模倣を訓練して口形模倣を訓練して…といったような形で、「ことばを発する」というゴールにたどりつくことを最終目標にして、そのために必要と思われるスキルをスモールステップに分解して、1つ1つ細かく教え込んで少しずつ前に進んでいくような、そういうアプローチのことを指しています。私の知っている限り、知的障害の重いお子さん向けのABAの本はそれ自体とても少なく、またあったとしても、少なくとも小さいお子さんを対象としたプログラムではほぼ例外なくこのボトムアップのアプローチで少しずつ少しずつ、気が遠くなるような道のりを前に進んでいくような進めかたになっているものばかりです。ところがこの本は全然違うんですね。例えば、上記でも出てきた「音声言語を発する」という訓練について。本書が提唱する手続きは驚くべきものです。66ページ以降に出てくる障害児Mちゃん(無言語、重度知的障害)の例としてあげられている手続きですが、1.喃語が自発的に出るのをすかさず強化する(これがフリーオペラント法)2.発声頻度が上がってきたら、こちらの声に合わせて発声するのを強化するそうしたら、やがてこちらの声を自然と模倣するようになって、さらに勝手に「ゴハン」「バイバイ」「ネンネ」などの有意味語が家庭で出るようになった、というのです。 活発な音声模倣があればその事態に適合した音声が出ることになる。この子に続いての類似ケースでこの手続きを繰り返し、発生模倣が活発になれば、日々の生活の一つ一つと発声とが結びつき、意味の形成手続きは完全に省略できることがわかった。すなわち、発声模倣を活発にしさえすれば、ことばの獲得が始まるのである。(中略) 発声模倣が活発になれば、言語の習得がどんどん進む。これではあまりに単純すぎて、信じられないかもしれない。しかし実際にやってみると、ほとんど例外なしにこの通りなのである。先人たちがさんざん手こずったことが、こんな単純なことで解決するのである。(中略) これまで、無言語の自閉症児にどのようにしてことばを教えたらいいのか、ともっぱら教え方を考えてきた。しかし、ことばの複雑さを考えたらとても教えられるものではない、子どもが持っているはずの言語獲得能力を何なりと駆動させればいいのだと考えるようになった。言い換えれば、教えるということを放棄したのである。

(初版66ページ~68ページ)

ロヴァース式など、ボトムアップスタイルのABAでは、それだけで分厚い本1冊分ほどの紙面が費やされる「無言語から有意味語の発話獲得まで」が、本書では「喃語の発生頻度を上げて、そこから発声模倣につなげる(あとは自然に有意味語を獲得するはず)」で終わりになっているのです。(実際には、第3章でもう少し具体的に書かれているので、療育として実施する場合には本書の第3章を参照ください。)本書はこのように、「ABAだけどめんどくさくない」「比較的短期間で結果が出る」「スモールゴールをあまり立てずに、一気にゴールを目指す」、そんな療育のアイデアとテクニックが短い紙面にぎゅうぎゅうに詰まっています。自傷、他傷、こだわり行動などに対する具体的で即効性のある対処法もたくさん掲載されています。一方で、ABAの教科書的な記述はほとんどありません。「ABAって何?」とか「強化とか消去ってどういう意味?」「模倣させるにはどうすればいいんだろう」といった方だと、本書だけではうまく使いこなせないと思いますので、例えば下記の本などを先に読んでABAの基本を学ぶ必要があると思います。行動分析学入門 ― ヒトの行動の思いがけない理由著:杉山 尚子集英社新書おかあさん☆おとうさんのための行動科学著:石田 淳フォレスト出版…さて、このレビューではここまで、本書の素晴らしい部分をご紹介してきましたが、全体を通してみると、無条件にあらゆる方におすすめできる本ではないかもしれないな…とも感じる部分もあります。まず、療育とは関係のない、著者の好き嫌いや愚痴っぽいエッセイ的な話が大量に書かれています。実は私は、本書を読み始めて、いきなり最初からいじめの問題などに対する個人的な感想が延々と続いて、中途半端にABAを使うのは東京電力に原発を与えるようなもの云々…みたいな話まで出てきて、「なんかABAと関係ない話ばかりだし、もう読むのをやめようか」と思ったのです。具体的には、まえがき、第1章、第2章の半分くらい、第5章以降はほぼ「ABAと自閉症支援をめぐる、著者の個人的価値観を語るエッセイ」になっています。ABAのテクニック本として読めるのは残りの部分ということになるでしょうか(特に第3章・第4章ですね)。そして、その「テクニック」の部分についても、ABAではあるもののあまりエビデンスベースドにこだわってはおらず、著者の個人的な経験に基づいて「こういうやり方がこれまでうまくいくケースが多かった」といったやり方をまとめたものになっています。また、現代の療育で比較的常識的に行なわれている手法、例えば絵カードによるコミュニケーション形成などはこっぴどく叩かれており、そのあたりも含めて「著者の価値観」が色濃く現れた、客観性よりは主観性が前面に出ている本だ、ということなんだと思います。そういうところも含めて、本書は「ABAをそれなりに理解していて、ABAに関する本を批判的に読み解いていくことが可能な、ABA中級者以上むけの本」ということになると思います。そういった保留事項こそ多少つくものの、重い自閉症児の療育に、これほどズバズバと具体的な解を与える本は見たことがないです。特に、「無言語のお子さんの音声言語の獲得」なんていう難易度ウルトラS級の課題に対して、それこそ新書の数ページ程度で解決法を書いている本なんて、恐らくこの本くらいでしょう。そういう恐るべき、この著者しか知らないような数々の「職人技」を、たった840円で知ることができる。そしてその「職人技」は、本書でしか読めない。この本の価値は、そこに尽くされると思います。※その他のブックレビューについては、こちらをご覧ください。