ベンはパンツを汚さない方だと思う。逆に几帳面で、下着を汚した場合はすぐに取り替えるし、自分で洗って干してあったりもする。
僕に久々のピンチが訪れたのは、先日行われた子供向け音楽ビデオの撮影の時だった。
朝5時からスタッフが入り、準備を進めてあったスタジオに8時半に向かう。ビートルズのサージェント・ペパーズを彷彿とさせる衣装を合わせて、メイクを完了し撮影を開始。10人以上のスタッフが進行を見守る。
メイクまでして本格的に自分が映されるのは初めての経験で、撮影の合間には衣装の方がスカーフの位置を直したり、メイクの方が汗を拭き取ったりしてくれるのだ。
子供達と一緒に演奏するシーン、個々に動きのあるシーンと順調に進行してゆき、短い休憩を取る事になった。当然のように、休憩時間はトイレに行くことになる。朝飲んだコーヒが尿意を即し、待ってましたとばかりにトイレに飛び込む。
ここから先は男性なら容易に理解出来る事なのだが、汚らしい話でもあるので細かい描写は避け、結論を言うと衣装のパンツにシミをつくってしまったのである。
言い訳になってしまうが、経験上狭いトイレで慌てて用を足すと良く起こってしまうように思えるこの悲劇。普段なら、手荒いの水が跳ねたように見せかけてごまかす方法などで切り抜けるのだが、今回は勝手が違う。
生まれて初めて経験する自分の身なりに100%のアテンションの行き届いた環境にさらされている場所に、今からシミをつくったパンツで戻らなければならないのだ。
恐ろしいことに、ポリエステル系素材の赤色パンツは必要以上にくっきりと水分を黒く映し出し、まさにお手上げの状態。何故か英語で「Oh, Men」と呟きつつ、ペーパータオルで必死に拭き取り乾かすが、効果は全く無い。
トイレの滞在時間が5分を過ぎ、これといった打開策もないままドアを開けた。ここは、お茶目に「いや〜水が跳ねちゃって〜」とメイクの人にドライヤーで乾かせてもらうか? バレるまで知らないフリをするか。様々な思いが駆け巡る。
どちらにしても、このままカメラの前に立ったら10人分の目の前で、とてつもなく恥ずかしいことを指摘されてしまうのだろう。スカーフが曲がったって直す位なのだから、パンツのシミを見落とす筈がない。
何となく手でシミを隠しながら、みんなの休んでいるソファーの方へ向かうと、楽しそうにコーヒーを飲んでいる。「そうか、コーヒーをこぼしてしまったことにするのも良いな」とひらめいた直後に、「バンドの皆さんはもう少しお休みになりま〜す」の声。
見るとスタジオでは子供達が別のショットを撮影しており、時間がかかっているようなのだ。5分、10分と時間が経つうちに、シミもすっかりと乾いてきた。
ほっとして同じ衣装を着ているパーカッションの友人に、笑い話として話すと「Did you mess up !」と大笑いされる。それでも話せること自体、
本当に運が良かったと思い、僕はスリルのある体験をした直後の子供のように興奮して喋り続けていた。