ずっと見ていてくれる人

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Nice!

ひと手間かかる子育てが必要な子供の親はいつまでたっても、迷い続ける。ひとつ乗り越えたと安心しても、また、あたらな問題が押し寄せる。その迷い立ち止まっている地点で、ずっと幼い頃からの成長を見ていてくれる親とは違った、一歩引いた目線で客観的に子供と親に手を差し伸べてくれる支援者の存在が必要である。去年の夏休みから、市内の特別支援対象児童のためのサマースクール、ウィンタースクールが行われている。(詳しくは→こちら)指導してくださるのは、のび太が診断されてすぐ通ったことばの教室の先生だったK先生。現在は教育委員会で特別支援に関するお仕事をされている。市内の各学校を回って、その子にあった支援の方法を学校側と考え、先生方に指導方法などを伝授したり・・・とてもお忙しいのだ。私とのび太はこのK先生に救われた。今、こうして私ものび太も笑っていられるのはK先生との出会いがあってこそだと思っている。(K先生については→こちら)のび太はサマースクールをとても楽しみにしている。「今年のサマースクールは何月何日からかなぁ〜」と、カレンダーを見つめてつぶやいている。じゃあ、久しぶりにK先生にメールして聞いてみよう。「お久しぶりです。のび太は何とか頑張っています。 今年のサマースクールの日程は決まっていますか? のび太が心待ちにしています。」K先生から返信メール・・・「今年はいろいろあってサマースクールについては まだ決まっていません。 のび太小学校にはよく行っていますよ。 のび太くんに関してではないのですが・・・。 運動会の総練習も見ましたが、 のび太くんはどこにいるのかわからないほど、 きちんと参加できているようですね。 校内でものび太くんとよく会います。 以前は私を見つけると『先生〜!!』と駆け寄ってくれたけど 最近は無視されます。 いいんです。これも成長です。 心が成長している証拠です。」のび太は今となっては、学校側がのび太のことで教育委員会に相談するようなことは何もないらしい。学校側が出す、特別支援の対象リストみたいなものからもはずされているらしい。のび太の成長を見てくださっていた校長先生も変わったし、今までのび太を担任してくださった先生は誰一人いないし仕方がないのかも知れない。現在ののび太の授業風景を見ただけでは、特別支援の必要な子とは誰も思わないらしい。いくら、本人が気持ちの中で辛いことがあったとしても、学校でほかの子となんら変わりなく、授業を受けていれば、その辛さは、他の子の辛さと同じものなのだ。発達障害特有の問題が学校が原因で家で現れたとしても、学校側からはスルーされるのだ。そんなむなしさの中、のび太以外の生徒のことでのび太小学校に行っても、のび太の様子を見に、教室をのぞいてくれるK先生。そして、ちょっとしたのび太の行動に、成長を見てくださる、そしてそれを喜んでくださるK先生。ひと手間かかる子育てが必要な子供の親はいつまでたっても、迷い続ける。ひとつ乗り越えたと安心しても、また、あたらな問題が押し寄せる。その迷い立ち止まっている地点で、ずっと幼い頃からの成長を見ていてくれる親とは違った、一歩引いた目線で客観的に子供と親に手を差し伸べてくれる支援者の存在が必要である。のび太が診断された頃、読んだ本にこのような文章があった。のび太はもう2年も通院していない。情緒の通級も定員オーバーで通えない。通える場所にはのび太のような子の療育は何一つない。正直言って、不安で不安で仕方がない。真っ暗で見えない未来に訳のわからない不安だけが大きくなっていく。だからこそ・・・今、心からこの文章の意味が理解できる。そして、K先生の存在がいつも、私に安心感を与えてくださる。