<アスペルガー児の療育について考える シリーズ>
前回までの記事はこちら
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回
第6回 第7回 第8回
やっと眼鏡が出来てきた。これでイライラせずにパソコンに向かえる。
しかし、もうこのシリーズ大詰めに近づいてしまった。
それにしても、今回は長くなった。
<学童期の療育>
ちょっと戻るようだが、学童期の療育について考える。
で、いきなりであるがちょっと脱線する。
ここ数ヶ月、実は某病院のグループワークに参加しているが、大体どの回もオブザーバーと称して保健所やら何やらの職員が同席している。
要はアスペルガー症候群者というものの実態を見に来ているわけだから、これがどういうことかと言えば、とりもなおさず、発達障害に関する世間の認知はまだまだであるということの表れである。
学校関係者についてもほぼ同様なことが言えるだろう。
特別支援教育の枠組みができたところで、現場の教師のアスペルガー症候群に関する知識が急激に増えるわけもなく、なにやらアスペルガーという「怪しい」存在を受け入れなくてはならないという負担の方が大きくのしかかっているような状態だろう。
実際、教師向けのアスペルガー症候群に関する本もまだまだ少ないし、娘の保育所の先生などでも結構誤解していることが多いのだから(大いなる誤解の記事はこちら)、学校とて同じであることはほぼ間違いないだろう。
運良く相当勉強家の教師にでも当たらない限り、それなりに親の側からのアプローチが必要だということだろう。
さて、のっけから脱線してしまったが、学童期の療育に話を戻す。
学童期の療育の大きな目標は、なんと言っても「6年間学校に通う」ことだろう。
ではどういった点で問題が起こることが予測されるかというと、
1つは二つ前の記事で書いた学習面、これはもう既に書いたので本稿では触れない。
もう一つは、周囲の子供達といかにうまくやっていくかである。
これはもっとぶっちゃけて言ってしまえば「いじめの防止」である。
とにかくこの年代、アスペルガー児はいじめのターゲットになりやすい。
深刻なPTSDや対人不信の原因となるケースも多々あるので、この問題はとても重要だ。
かくいう私もン十年前、かなりひどいいじめにあっている。
小学校2年生から6年生まで間断なくつづくいじめに相当参った。
結果、一度は自殺未遂などというものをしてしまった。(その後生への執着が強くなったので一度でやめましたけどね、それにしてもいじめ自殺第1号にならなくてよかった)
ついでに息子については診断が下っていなかったけれど、いじめのターゲットになりやすそうだということは自分の例からわかっていたので、相当気をつけてはいたが、やはり多少のいじめにはあってしまった。これに関しては、もっと介入すればよかったと結構後悔…。
さて、アスペルガーに対する認知が広まれば、いじめはなくなるかというと、そこは子供同士のこと、あまり期待はできないだろう。違和感のあるものを排除しようとすることは十分あり得るし、定型の子供にとってはアスペ児の素のままの行動に腹が立つことも多いはずだ。
そこで療育の登場となるわけだが、定型の子供達とうまくやっていくためのソーシャルスキルをつけてやることが必要になってくる。
だが気をつけなければならないのは、完璧はあり得ないということ。そして、ソーシャルスキルを身につけるという負担が生じるということである。
ごく自然に振る舞って、たいして問題を起こさない定型発達児と比較すれば明かであるが、過度のソーシャルスキルの「療育」は子供にとって負担ともなりやすいだろう。「周囲との違い」をなぜそんなにも意識させなければならないのかという理不尽さもある。
「周囲とうまくいく」だけを目標にすれば、そういったところへの配慮がどうしても薄くなってしまうだろう。
私の小学生時代を振り返って考えると、当時ソーシャルスキルをたたき込まれたとしたら、たぶん、「なぜ私だけ!」という感覚をもったと思う。
コミュニケーション欲求がさして高くない場合、本人はスキルを必要としていないというケースも多々あるだろう。そこに強引にトレーニングをすれば、当然反発も強くなる。」
幼児期からみれば安定してくるのではあるが、小学生はまだ子供である。
小学生にどれだけのソーシャルを教え込むのが適当なのかは悩むところだ。
ソーシャルスキルについてはアスペルガー児の負担にならない程度の「そこそこ」を目標にもってきて、あとは早期介入でいじめなどの重大な被害を防止するといった方が得策かもしれない。
さて、不運にもいじめにあってしまったらという点について一応触れておく。
親御さんに絶対やめて欲しい態度は
「あなたが悪いのでは」と非難すること
「なんでうちの子だけいじめられるの」…と、くよくよ泣くこと
なんの効果もなく、療育的でないことこの上ない。
子供はかえって居場所をなくしてしまうことになる。
(実は私の母がやってくれた…)
やれることは、できるだけ早期に介入し、教師と連携していじめの芽を摘んで回ること。場合によっては学校にたいして強硬な態度をとることも辞してはならないだろう。
(実は父がこの手合い…強硬なクチ…だったので私は助かった…)
である。
ともあれ、いじめの問題に学習の問題と、アスペ児の小学校時代はなかなか多難なものである。
幼児期の派手な不適応行動がある程度おさまるので、どうしても親も気がゆるんでしまいがちな時期だが、学校などへの交渉なども含めて療育はまだまだ必要…というより、幼児期以上に注意して療育する必要がある時期だと言えるだろう。
<おまけ>
…と、結論までもってきたところで、話をもう一度蒸し返す。
アメリカなどでは学校に通うことをせず、ホームスクーリングで学習するという選択肢もあるようだ。
いじめなどの問題などからとりわけリスクの多い年代である。学校という選択肢をとらないことによって無理なSSTを強いたりせず、学習に専念できるのなら、それもまた1つの選択肢として用意しておいた方がいいのかもしれない。
もっとも難しい同世代間のソーシャルスキルは後で…という方が、子供にとっては負担が少ないようにも思う。
<おまけのおまけ>
できれば私は学校に行きたくなかった。
いじめしか待つもののない小学校へ通わねばならなかった意味はいまだに見いだせていない。(そりゃ、ま、おかげさまで定型発達者の心理・行動パターンには詳しくなりましたが、払った対価が高すぎたわ〜)
<つづく>
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