「無理でしょう。前もってよく考えれば不可能なのでやめておこう。」という考えはいつ頃から使い始めただろう? 時にもう一人の自分への問いかけの中で最高の逃げ口上となる理性なのだが、ベンの学校で見たものはそんな気持ちの襟を正してくれた。
ベンのクラスは6人。この学期を通してのプロジェクトとして10ヶ月に渡って行われていたのが、クラス全員による創作演劇。学年の近い2つのクラスの先生が企画した、自閉症という障害の一番苦手とするであろう分野に、白紙の状態から挑んでゆく、全てが手作りのチャレンジングな試みだった。
それはきっと先生方にとって気が遠くなるほどの地道な作業で、情熱というガソリンを持ち合わせていなければとてもなしえる事では無いだろう。
ベンのクラスが考えたストーリーは、タイムズ・スクエアにあるトイ・ザラスに買い物に来た観光客が、DVDを買おうとするのだが、日本人観光客(当然ベンの役)の出したお金がドルでなく円だったことに腹を立てた店員が、お金を破り捨ててしまう。といった事件から始まる。
途中、挿入歌を皆で歌う場面もあり、15分の短い劇ながら本当に充実した内容だ。その歌でさえも生徒たちが並べられたベルを鳴らして作曲、歌詞も起承転結をふまえた作詞の基本に沿った方法で書くように指導したとの事。
リサーチのために、クラス全員でタイムズ・スクエアのトイザラスに行き、
実際に店長にインタビューをして脚本をつくる参考にしたという。
劇の最後は店長が出て来て、お金を破り捨てた従業員を叱り、「違ったカルチャーのお客様でも、喜んで受け入れましょう」といった結末になる。
何ともポジティブなメッセージを持ったこの演劇は、いくつか聞き取りにくいセリフがあったにもかかわらず、DVD売り場とレジのセットだけの舞台から、彼らのメッセージが存分に伝わってくるのだった。
自分たちの演じたい事や歌いたい事を劇にするという発想が素晴らしい。そこには演ずる事へのシンプルな動機があり、実際にストーリーはベンの好きな、「トイ・ザラス」や「DVD」といった環境になっていたというわけだ。
練習をしてゆくうちに、偶然出たというアイディアもふんだんに盛り込まれ、アドリブ的な自然な要素が笑いを誘う。ベンはカラオケという名の日本人で、「こんにちは」などと日本語で言い、お辞儀をしたりする場面もあった。
僕は演技をする彼らを見ながら、一人一人に秘められた大きな可能性を感じながら、それを引き出そうとしてくれる教育をしてくれた先生方に心から感謝した。
最後に全員で踊ったテクノ調ダンスは、ストンプと、胸叩きという振り付けで、これまたベンの日常生活をダンスに表現したかの様だ。僕は涙を浮かべながら大笑いをしていた。