自閉症の子どもと暮らす家づくり(35)

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Nice!

さて、ここまで、実際の家探しのプロセスを詳しく書いてきましたが、その物件探しの前提として「どういった立地の土地に、どんな間取りの家を建てたいのか」という「家造りコンセプト」とでもいったものを整理していきました。このコンセプト作りにおいては、長女の今後の生活のQOLと、それとも関連する家族の暮らしやすさを高めていくという「療育的視点」が多分に含まれていましたので、そのあたりについて書いていきたいと思います。まず、立地について強く意識したことが、徒歩圏の利便性と安全性ということでした。言うまでもないことですが、日常生活というのは家の中だけで完結するものではありません。「家の外」にある、さまざまな外的環境、社会的リソースまで含めて、私たちの日常生活は成り立っています。そして、「家の外」に何がどんな風に存在しているのか、ということは、「その土地にどんな価値があるのか」ということとほとんどイコールだと言っていいでしょう。例えば「渋谷まで直通10分、吉祥寺まで直通15分という、井の頭線のとある駅まで徒歩5分」という立地を選んで住んだとします。そうするとこれは、渋谷なり吉祥寺にあるさまざまな施設やリソースを、「20分以内の徒歩+電車による移動」というコストで「自分の日常生活の一部」として取り込んで利用することができる環境を選択した、ということに他ならないわけです。その人は、その「家の外に延長された、それらの社会的リソース(が自分の生活圏にあるものとして手に入ること)」にそれだけの価値があると判断したからこそ、その立地に住むことのコストを支払うことに納得できるわけです。さて、そういった考え方をふまえて「療育」という視点から我が家にとっての物件探しをすると、「周辺環境」への考え方は、一般的に考えられるものとは少し違ったものになります。 障害のある長女にとって、現実的な意味で自由に利用できる移動手段は、徒歩だけです。空いている電車なら乗ることはできますが、1人で目的地を選んでそこの向かうことはできず、いろいろな意味で介助が必要です。また、徒歩といっても自分で信号の色を判断してひとりで信号待ちをし、また交差点をわたるのはかなり難しいといえますので、やはり一定の介助が必要だと言わざるを得ないでしょう。ですから長女にとって、少なくとも現時点で自分だけで利用することが可能(であるかもしれない)な社会的リソースというのは、「危険な交差点を渡らないで済む範囲の、ごく狭い徒歩圏」のなかのそれに限られる、ということになります。その、「安全に歩いて行ける範囲」に何があるか。それが、娘にとっては、大げさにいえば「日々の世界のすべて」に近いといっても過言ではないのではないか、そんな風に思いました。