たまには泣き言

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Nice!

自分の体調がよくなかったりすると、心配事が浮かんできて悪循環になることがあります。ツヨは特別に器用でも不器用なわけでもなく、年齢並みのことはそこそこできるし、大人になればそれなりのスキルを身につけることができるかもしれません。ただ、知的なものや自閉のタイプは変わるわけではなく、今でも自分の名前も分かっているのか、分かりません。以前迷子になったときのことを最近思い出すのです。警察に通報しながら、お子さんは、自分の名前がわかりますか?自分の名前を言えますか?矢継ぎ早に質問される中、「自分の名前は分かりません・・・。一言も話せません。信号も車の危険も・・・・何も分かりません!助けてください!」凍りつきながら、そう言うしかありませんでした。そんな子供を持っていることがたまにすごく怖くなります。無事に大きくなるのだろうか・・・。この手を離さないでずっと一緒にいられるのだろうか・・・。学校や一時ケアに預けている時はどうだろうか・・。大きくなって、精神的にどうにかなってしまわないだろうか・・・。私が死んでしまったら、ツヨに幸せはあるのだろうか・・・。普段考えないことが布団に入ると、悶々と浮かんできます。今日は私の見ていないときにタンスに登ったような形跡がありました。コンセントにゴミを詰め込んでいたこともあります。昨日はパソコンのコードをなめていました。コトのおもちゃのアクセサリーもすぐ口に入れてしまいます。いけない!と叱っても、なだめても、誉めても、気をそらしても、ニコニコ笑っているだけで、また何回も何回も繰り返す・・・。今、食事は全部クレーンで私の手で食べるか、ツヨの手を持って支えてやるとなんとか口に運んでいます。まるで操り人形のように固まってしまいます。ごはんに目があって、ツヨに襲ってくるように見えるのでしょうか。とにかく食べないと、6歳なのに、まだ17キロくらいしかありません。ほおっておけば自分で食べるかというと、たぶんどんなにお腹がすいても、ツヨの手は動かないでしょう。それが彼の症状だからです。でも食事面はこだわりの波のせいなので、いつかは終息するはず。健康で、事故なく、無事に大きくすること。なかなか過酷な道です。たまにはこうして、いろいろ考えて、だからこうしよう、という風に出口を模索していくことも、必要なことかもしれません。                    よろしかったら応援のクリックをお願いします! ↓