今年は亥年だったんだ・・・

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Nice!

今年は亥年ということで、猪突猛進じゃないけれど、なんの問題もなくまっすぐ行きたかったんだ。
まあ、何の問題もなく・・・というのは、いつにおいても無理なんだけれど、とにかく筋を通して行きたいという意味なんだけどね。

そうした思いとは裏腹に、いろいろ壁に当たることが多い年だった。

今年の初詣で、ヨッパライと喧嘩みたいになったのが、ケチのつき始めだったかもね。
正直、今年のお正月は、あんまりいい感じはしてなかった。

でも、それなりに3月までは過ぎて、ペイスケの小学校の卒業と中学校の入学を迎えた。
なんだか、この時期、ほんわりした気分になってたのも確かだったけれど、その反面、ボクの会社で思いもかけない人事異動があって、仕事の面では辛くなることが多かった。

それでも、なんとか5月までは無事に過ごせてた。
昨年、秋桜が3ヶ月近くも入院してたこともあって、今年こそ・・・という思いは強かったけれど、それが6月になって、ボクの体調に大幅な変化があった。

ボクは、精神的な病気みたいな症状があるんだ。
軽い状態で推移してたけれど、それが初めて症状が悪化して、まともに日常が過ごせなくなってしまった。
とにかく、立つことも座ることもままならず、精神的にすごい不安定な状態になっちゃったんだ。
そんなわけだから、会社も休みがちに・・・通常の状態に戻すのに1ヶ月はかかった。
立ち直ったと思っても、きちんと立ち直ったというわけではなく、そうした症状を自覚できてなかったことから、家庭内でもトラブルみたいなこともあった。

夏に入る頃には、なんとかという状態にまでもってきた。
やっと元気になれた・・・と思ったら、11月に入って痛風の発症。

ボクのこうした体の状態は、仕事に起因することが多い。ボクは金融関係の会社に勤めているけれど、金融業界を取り巻く法律が大幅に変更されて、金融業界は冬の時代真っ只中。
そうした業界の変化もそうだけれど、人間関係に疲れていたという方が正解だったかもしれない。
サラリーマンをやってれば、いつの世でも人間関係が問題になるけれど、ボクだって例外じゃない。理不尽な要求が多い年だったし、今後もまだ続きそうだ。

そんな辛い1年を送る中、考えてみれば、春・秋と2回の温泉旅行にいけたし、毎年行ってる夏旅行にも行けた。
ペイスケの勉強の方は問題が多かったし、ペイスケ自身に怪我が付き纏う1年だったけれど、それでも元気に笑顔でいてくれたことがうれしかった。

今年最も大きかったのが、タンコロの療養手帳が取得できたことなんだと思うよ。取得できたのが年末になってからだったんで、サービスを本格的に受けるのは来年からになるけれど。
そのタンコロ。
今年は周囲との差を感じてしまった年だったかもしれない。
普通学校の特殊学級とは言え、その障碍は様々。
タンコロのような重度自閉症の子は、他にはいないし、比較するのもおかしいんだけれど、そこは仕事で、いつもいつも付き添っていられない男親の寂しさ。
運動会など、大きな催しでは他の子が、いやでも目に付いちゃうし、なんでこうんんだろ?と思うことが多かったような気がする。

でも、タンコロはマイペースで、いつも笑顔を絶やさない。
この笑顔に、親であるボクが助けられた、と感じたことも多かった。
今は、タンコロの成長も実感できるし、この笑顔を見たいから、ボクはいろいろ動いているんだ、と改めて感じたんだ。

確かに今の世の中、筋を通そうと考えると辛い世の中だ。
自分勝手な奴らが多いしね。
政治のニュースをみてると、政界も本当に自分勝手、保身のことしか考えてない政治家も多く、そうした背景が世の中を変えていると見ることもできる。いくら個人が頑張っても、政治が足を引っ張ってはどうにもならないしね。

けれど、辛い時間は長くないような気がしてる。
とにかく、自分を信じ、子供たちの成長力を信じたい。
そして、来年は小回りが効く年にしたいな。

今はそう思ってるよ。