もうハロウィンが近いというのに、夏の終わりのような夕方、ベンと僕はネクタイをしめてパーティーに向かった。
半年以上前にボランティアで参加した、自閉症、ダウン症者の為の指導用ビデオは、障害者特有の問題を親がどう対処するかをケースごとに実際に演じて解説してゆくもの。
ベンと僕はいくつかのシーンに協力させてもらい、今日はそのビデオの完成記念のパーティーに招待して頂いたのだ。
少し遅れて到着すると、もう試写会が始まっていた。会場となった会議室は入り口に赤じゅうたんが敷かれ、オスカー賞の授賞式風に飾り付けがしてある。ベンは拍手で迎えられた。
ビデオを見てゆくと、ほとんどの出演者は障害者本人とその親、親の方はYAIという制作者である障害者支援団体の方が代役することもあるのだが、実際のケースに沿ったやり取りはとてもリアルで、障害者を持つ親なら誰もが共感できるものだろう。
僕はこの撮影に協力出来た事をあらためて感謝しつつ、自分の英語の発音がしっかりと出来ているかどうかを心配しながら登場を待った。
「待たせ方のストラテジー」という項目でいきなり登場した僕ら2人は、ベンの自由奔放な演技で笑いを取る。続いて僕の台詞は異様に固い喋りで、高校の英語の先生を思い出させた。
本来、笑うためのものでも映画でも無いので、内容がしっかり伝わっていれば良いという点においては、良く出来た方だろう。映画好きなベンも出演者となれた事に満足しているようだった。
しかしながら、他のシーンで活躍する親たちの役者ぶりには頭が下がる。
僕が撮影時に苦労したように、相手がうまく喋ってくれなかったり、テンポがずれたりするのをうまくかわしているのだ。
これも毎日の生活で築き上げられた度胸のようにも感じられ、そんな意味でも同じ問題を抱える者同士が、苦労をわかち合うようなひとときとなった。みんなの笑いの片隅には、それぞれの経験と、苦労の涙が流れていたのだろう。
最後には授賞式と銘打って、子供達にプラスチックのブロンズ像が渡される。トイザラスのギフト・カードまでプレゼントされ、像の台座には名前まで印刷してあった。「ベン、ギフト・カードで何を買うの?」スタップの人に質問されて、ちょっと考えたベンは「Oh, No, Don't ask that question,please」と、またしても失礼な受け答え。しかし、これも迷うことで混乱するのを嫌う、自閉症特有の表現でもあった。
帰りの地下鉄で、ブロンズ像を取り出し目に近づけて反射させるベン。前に座って見ている僕は、そんな瞬間を一緒に過ごせる事を有り難いと思った。