内田樹先生の記事「この夏最後の出稼ぎツアー」より引用。
だが、この定義は若い世代にはもう適用できない。というのは、今ではどうやら個人の努力がもたらす利得を「私ひとり」が排他的に占有できる仕事のことを「やりがいのある仕事」と呼ぶ習慣が定着しているようだからである。
いや若い世代が求めているのは、「個人の努力がもたらす利得」を全部収奪せず私にも少しは残しておいてくれませんか、ということじゃないかと思うんですがね。内田先生がやり玉に挙げるような「若い世代」の人らが言いたいことは。
私の周囲で「若い世代」と言えばNICUの看護師たちだけれども、彼女らが「利得を『私一人』に占有できる仕事」なんて目指しているとはとうてい思えないんですが。どうにも、世間に攻撃されるような「最近の若い奴」みたいな劣悪な世代像と、彼女らのまじめに働く姿とが重ならなくて、かえって当惑する思いなんですがね。
そもそも、お世話をした赤ちゃんの成長なんて「占有」できるわけもなし。それとも彼女らの、ささやかな給料をもうちょっと上げてほしいという願いは、内田先生にとっては「個人の努力がもたらす利得」を「排他的に占有」しようとする態度なんでしょうか。私には純粋に経営とか経済とかの問題なんじゃないかと思えるんですが。
内田先生の仰る若い世代ってのは、ひょっとして神戸のお嬢様学校の生徒さんたちをみて形成された世代像なんでしょうか。それなら内田先生の学校に娘をやらないようにしなければいけないな。