太陽の塔

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Nice!

太陽の塔
森見 登美彦 / / 新潮社
ISBN : 4101290512

昨日、当直あけの週休で、眠くて勉強する気にはならないが寝るには時間が半端だし気も立ってるしで、買ったまま置いてあった本書を読んだ。愉快な小説だった。京大生男子を描いて何がファンタジーノベル大賞なんだろうと思っていたが、過去と現在やら現実と夢の中やらがごっちゃに入り混じって、まさにファンタジーであった。のみならず、文体の韜晦ぶりも「キャッチャー」に始まる古典の引用も、その「ありがちさ」がいかにも大学生の書く文章の雰囲気を醸し出していて、巧い小説だと思った。

大学の頃ってこうだったなと思った。そうか俺はあのころファンタジーの世界に住んでいたのか。SFは好きだったけど、ファンタジーなんて因果律無視のご都合主義な物語なんか子供の読み物だと思ってたんだがな。主人公は過剰な自意識を相対化できているぶん、大学生の頃の私より偉いと思う。かつての私は、自分が自意識過剰だなんて思いつきもしないほどに重篤かつ深刻な自意識過剰ぶりであった。観念云々言って高橋和巳なんて読んでたし埴谷雄高にも手を出しかけてたし。でも男子学生の頭の中なんて「死霊」よりも本書に近いんだよなと思う。

小説の舞台がまさにいま自分が暮らしている土地だったのが、また特別な気分にさせられる。本書を買った本屋も小説内に登場する(とか何とか本屋が自称して平積みで売ってた)。主人公が行きつけのパン屋も実在である。実在ではあるが店の名前は赤毛のアンにちなんだもので、とうてい安下宿に逼塞する5回生が通う店名ではない。赤毛のアンにはマシューという登場人物もあることだし全く無縁とは言えないか。アルバイト先の寿司屋にも、たぶんあそこだろうなと思われる寿司屋がある(ちなみにかなり旨い寿司屋である)。映画の撮影をしていた廃墟ビルのモデルはこのまえ中台間の帰属問題でニュースになってた光華寮ではないかと思ったが、他にも訳の分からない廃ビルがひょこっと建ってたりする街だから明言は避けたい。避けたいとは言いながら、仁川先生って誰?

男汁がどうたらと女性に縁の薄そうなことを書いていたが、主人公の下宿から目と鼻の先にうちの看護学校があるのにと思った。学校には数年前までは寮もあって山全体が女臭かった。気づいてなかったんだろうか。縁なき衆生は救いがたいものである。

大文字山や鷺森神社もとうぜん実在である。散歩のついでに火床に登ったり鷺森神社まで行ったりするのはけっこう健脚だよなとは思う。さすが運動部員である。火床までの登り道は鬱蒼と木々が茂る昼なお暗い山道だから、よほど慣れないと少人数での夜間登山は危険である。まして夜中に火床で飲酒して帰るなど、あまり真似しないほうがよい。

鷺森神社の近辺からは叡山電車は見えないはずだ。あの辺では叡山電車は住宅地の隙間を縫って走るので、まず見えっこないと思う。だから見えないものがみえるあのシーンはファンタジーである。まあファンタジーなんだからいいんだけど。