視線認知と自閉症の特性(3)-視線理解の問題と感覚過敏-

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Nice!

前回の記事「視線認知と自閉症の特性(2)-共同注視ができないことの意味するもの-」はこちら

視線理解の問題と情報入力

前回は自閉症者にしばしば見られる視線理解の困難が社会的情報収集の問題に繋がる可能性について語ったが、今回は視線理解の困難さを引き起こしている原因について考えてみる。

自閉症者の多くが感覚過敏の問題を抱えているということは、今回のDSM(アメリカ精神医学会による精神障害の診断と統計マニュアル)の改訂にもそのことが盛り込まれたように、近年ではかなり知られた話になってきた。

一応簡単に説明しておくと感覚情報の刺激をうまく受け取れず、一部の刺激に拒否感をもったりというもので、だいたい次のようなものが多い。つまるところ情報入力時のトラブルだ。

音声過敏
ある特徴の音に耐え難い苦痛を感じたり、音声刺激が混乱して聞き取りや聞き分けが苦手だったりする。
視覚過敏
眩しいのが苦手だったり、ある範囲の色調・色温度を嫌ったりする、ある種の形状による見えにくさが併存する場合も。
触覚過敏
皮膚接触による刺激に敏感で、服についているタグに不快感を感じたり、身体の特定の部位を触られることを嫌がったりする。
嗅覚過敏
においに敏感だったり、特定のにおいに耐えられなかったりする。雨が近づくとにおいでわかったりすることもある。
味覚過敏
特定の味、口当たりなどに耐えられなかったり、濃い味が苦手だったりする

このほか、いわゆる五感だけでなく、痛みなどの痛覚刺激、揺れなどの前庭感覚への刺激に敏感な場合もある。
また、敏感なだけでなく、ある種の感覚刺激に対して鈍感な場合もある。痛みに鈍感で怪我や病気に気が付きにくいと言ったことはよく聞かれる話だ。

私自身も音声過敏にはしばしば悩まされるし、視覚過敏も多少ではあるがもっている。最近はそうでもないが子どもの頃は肩や背中に触られる事には非常に敏感で、小学校の頃など、運動会の練習で前の人の肩につかまって円陣を作るといったものには耐えられなかった(くすぐったくて声をあげてしまったりつい身体をすくめてしまう)。

感覚過敏の問題は実は結構深刻で、不快な感覚刺激にさらされることがパニックや他の能力の低下の誘因になることもある。また、本人にとってはその感覚が当たり前なため自分に感覚過敏があることを認識しにくく、周囲もそれに気づきにくい。
また仮に本人がそれを認識してその問題を周囲に説明しても、定型発達者には「慣れ」でなんとかなりそうだと思いやすいのかl、なかなか理解されにくい部分でもあるといった問題もある。体調によって症状の出方が結構変わってしまうことも多く、そのこともさらに感覚過敏の理解を難しくしている。

あることを自覚していてもなかなか対応しにくいといった側面もある。私自身が対応し損なった時の記事があったので挙げておく。
季節はずれの春の祭典

もちろん、悪い側面ばかりではなく、視覚に敏感さを持つことが繊細な色彩感覚に繋がったり、味覚に敏感さを持つことが料理のスキルに繋がったり、また、音声に対する過敏さも音感の鋭さに繋がる場合というのも結構ある。

ただ、コントロール状況によってはそれなりに面倒なものだというのはご理解いただけたと思う。

感覚過敏と視線理解の関係を考えてみる

なぜいきなり感覚過敏の問題が出てきたか?これと視線理解や学習のの問題がなぜ繋がってくるのか?疑問に思った方もいらっしゃると思う。

ちょっと前にアーレンシンドロームに関する記事を書いた。
発達障害者の視覚過敏とアーレンシンドローム(ほか視機能関係参考サイトまとめ)

アーレンシンドロームという概念を知り、その対策(有色メガネ、有色フィルムの利用)によって学習困難にとどまらず様々な困難が改善される例があると知った時、私は何かストンと腑に落ちたようなところがあった。

それはまず自分の感覚として、この歳まで生きてきて、それなりにいろんな対策をうってきた(意図したかはともかく)せいか、アスペルガーの特性と言われるもので困ることがあまりないのだが、一部の感覚に関する問題はいかんともし難い部分があるのだ。

味覚や触覚に関する過敏さはかなり薄れた部分もある。しかし、音に関する過敏は今も変わらずあるし、視覚刺激に関する刺激過多もちょっとしんどいときがある。また、周囲の成人アスペルガー当事者の話を聞いたりしていても、視覚や音声の過敏に苦労している人は少なくない。

まあ、ごく単純に考えても目の前の人の顔が認識しにくかったら視線どころの騒ぎじゃないのは容易に想像がつく話でもある。

薄れる過敏と薄れにくい過敏

なにやら感覚過敏にも薄れやすもの、薄れにくいものがあるような気がする。これはいったい何を意味するのか?

適応状態と姿勢の関係について気になるという話はこちらに書いた。また、固有受容覚や前庭覚といった体性感覚の問題をトレーニングによって解消することで様々な困難にアプローチする「感覚統合療法」は自閉症児の療育法の1つとしてかなり知られたものになりつつある。< /p>

これらのことも含めて考えると、自閉症児者において、感覚刺激に対する処理システムの問題がかなり根本に近い問題なのではないか?と思えてくる。

感覚刺激という負荷

人は生まれてすぐにそれまでほとんど浴びてこなかった大量の感覚刺激にさらされる。光と音のシャワーに重力に…におい、触覚等々、この辺もうちょっと考えてみても良いのかもしれない。

チベットの伝統的な出産において、産屋は光があまり入らないようにすると共に、生まれた赤ん坊はいきなり光にさらしてはいけないということで、産屋から外に出すまで2週間ほど待つといった事があるというのを読んだ事がある。(「明るいチベット医学」大工原彌太郎 情報センター出版局1988)

このあたり、近代的な出産は意外に配慮されていない部分かもと思うが、今どきの出産~育児の環境においては新生児が明るい光りにさらされるのはごく普通。
だが、光の刺激に関する情報処理に生来的な弱さがある場合、大量の光にさらされることが脳の様々な部分に負荷をかけやすいことは十分にありうるし、発達や学習に影響を与える事もありうるだろう。

自閉症スペクトラムは生来的な機能不全か後天的な阻害(抑制)現象かという問題。

自閉症は先天的な障害で治らないというのはよく言われる話だ。

だが、個々の当事者の社会適応状態は非常に幅が広いし、適応状態が大幅に改善したとという話も結構聞く。

たぶんこのあたりが「あいつ本当は自閉症じゃないんじゃない?」などという「本物論争」が起こりがちな理由なんだろうとも思うが、改善しない例、改善する例、どちらも本物だと考えて見ると新たなことが見えてくる気がする。

機能Aの障害は通常その機能に依存してはたらく機能Bの阻害(抑制)要因となりうるが、機能Bを機能Aに依存しない形で賦活させることができれば機能Aの障害があったままでも機能Bの障害は軽減or消滅するというのは、まあリハビリの世界では当たり前の話。

脳梗塞後の麻痺のリハビリなどは典型的なものだ。麻痺部の運動の為にかつて使っていた脳神経が障害されても、他に動作の感知・コントロールをできる脳神経機能が開拓され、利用可能になれば筋肉を動作させる能力を再獲得できる。
リハビリがうまくいって動作の問題が無くなることはありうるが、損傷部位が治っているわけではない。

発達段階でもこれと同様のことが起こりうると考えるのは別に不自然ではないだろうし、高齢者のばあいよりも可塑性が高い可能性すらある。
通常機能Aをベースに発達する機能Bを考える時、機能Aに代替する別のシステムを確保できれば機能Bが発達する事は別に不思議な事ではないだろう。

自閉症スペクトラムにおける症状の幅の広さ、社会適応度の幅の広さはこういったことが起こりやすいことからきているのではないだろうか。

こう考えていくと、現在障害の柱と見られている「社会性」「コミュニケーション」「想像力」というのは、生来的な障害の為に陥りやすい症状群と捉えた方が良いのかもしれない。

自閉症スペクトラムにおける感覚の問題とは

自閉症に話を戻す。感覚過敏の存在から考えるに、自閉症者が感覚刺激の受容にシステムに何らかのトラブルを抱えている可能性は高いと言えるだろう。

感覚過敏は「不快」の問題以外があまり取りざたされてこなかったが、感覚の問題に対する対策で自閉症者の適応状態が改善されたという話は結構多い。

サングラスやアーレンレンズの着用、照明の色調の変更、イヤーマフや耳栓、ノイズキャンセリングヘッドホンの利用などがそれだ。とりわけ、アーレンレンズの着用が適応状態に良い方向にはたらいたケースが報告されていることなどから考えるに、感覚過敏には「不快」以外の影響も考えられる。(「自閉症だった私へ ドナの結婚」 ドナ・ウィリアムズ 新潮社 2002  にアーレンレンズの話が出てくる)

そうこう考えていくうちに
「感覚刺激の受容システムのトラブルが特異的対人情報処理システムの動作に阻害的(抑制的)にはたらく」
という仮説が私の脳内に湧いてきた。

この仮説を用いると「感覚刺激の環境調整」が自閉症児者の社会適応力の発達を促すことがあるという現象をうまく説明できる。

感覚の問題は本人にとって「当たり前」と認識されやすく自覚しにくい上、周りも気にしにくい部分ではあるが、そのコントロールは今まで考えられていた以上に重要なのかもしれない

3回にわたって書いてきた視線認知シリーズだが一応今回で終わり。ただ、実はまだまだこの論はかなり甘い部分のある状態。薄れやすい過敏とそうでない過敏の問題、身体感覚との関連など、まだまだ検討することは多い。ただ、視線からはちょっと離れた問題も多くなるので別立てにしたいと思う。

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