ひと夏を超えて、ベンはまた大きくなった。体型が太めだったのが、背が伸びたお陰でストレッチされて太り気味程度の見てくれになってくれたのは有り難い。と、ここまで書いて、「あっこれって前も夏の終わりに書いたような気がするな」と思うのだったが、今回はちょっと違う。妻の背を追い抜いたのはしばらく前だったが、今回は僕の背に肉薄してきていて、まだ追い抜かれないまでも体積的にはもう殆ど同率の域に達しているのだった。立派に育ったベン。もう子供ではなく、街中にベンより小さな大人がたくさんいる状況になった。昔と変わらず手を叩けば、その音量はファイヤー・クラッカーのようでもあり、独り言はとても自分だけに聞こえるものではなくなっている。昨日はレストランに行った帰りに、夜の街を歩いた。夏の終わりの夜を楽しむレストラン客達が歩道にせり出したテーブルを埋め尽くす。客席のすぐ横を歩く事になるベンを見ていて、手をかざしたり声を上げてしまうような動作は迷惑だと感じて僕は咄嗟に手をつないだ。掴み心地の良いふっくらとして大きな手は、小さい頃と同じように掴み返してくれる。そんないつもの動作をしながら、ふと思った、僕は父親に何歳まで手をつないでもらっていただろうか? 一人で歩けるようになるまでは、みんな手を繋いでもらっていた。勝手にどこかに行ってしまったり、他人に迷惑をかけたりしないように手を繋いだ。いつの日か子供は大きくなり、実際に手はつながなくなるのだったが、親が本当に子供の手を離すのは結婚であったり、就職であったりとそれぞれのきっかけがあるだろう。僕は自分と同じくらいに大きくなった息子と実際に手を繋ぐ。本当に一人歩きが出来る日が来るのかどうかもわからないのだが、手をつなぎ続けるだろう。そして間違いなく思うのは、「手をつなげる人が居て良かった」ということだろう。