縄文人は太平洋を渡ったか―カヤック3000マイル航海記ジョン ターク / / 青土社ISBN : 4791762568米国ワシントン州の川辺から、9000年前のものと推定される人骨が出土した。顔を復元してみると縄文人そっくりであった。著者は、縄文人が北太平洋の海岸伝いに北米大陸まで渡ってきたのではないかと考え、自分でその航海を再現しようと試みた。1年目は両舷にアウトリガーのついた一人乗り帆船で、北海道を出発して千島列島沿いに北上しカムチャッカ半島に到達。2年目にはシーカヤックでカムチャッカ半島の東岸をさらに北上して、ベーリング海に浮かぶ米国領セントローレンス島へ到達する。逃避のために読んでかえってタフさというテーマを考えさせられた本の一冊である。本書を読むと、十分なタフささえあれば、クールさとかクレバーさとかはそれほど重要ではないのかなと思わされる。著者はひどくタフだ。満足な地図もなく、その日の夕方にうまく上陸できる海岸があるかどうか分らないまま、海にこぎ出していく。その精神力だけでも大したものだと思う。潮流に流されて(オホーツク海と太平洋は深さから何から全然違う海なので千島列島の島の間には複雑な潮流が渦巻く)太平洋に流され、陸も見えないところからGPSを頼りに帆走して生還したりもする。千島列島は北半分は島が小さくなり間隔がひらく。南千島とちがって一日の航海では次の島へ着けない。彼らは同行の二人で互いの船をくくりつけ、30分おきに操船と睡眠を交代しながら3日間まったく陸の見えない航海を完遂する。そうして這々の体でたどり着いた小島には枯れ川しかなくて水が手に入らず、ロッククライミングで崖を登って小さな泉を見つける。延々この手の話が続く。十分なタフさがあればたいていの問題は乗り越えられるという教訓。いやもうそんな教訓レベルを超えている。神は十分タフな奴のみかたをする、というのが本書のテーマかも知れない。著者はシーカヤックの単独航海でホーン岬をまわったお人だそうだ。実績のあるタフなお方だ。その著者曰く、こういう航海をするのは従来言われていたような、戦乱や飢餓に追われてやむなくといったプラグマティックな動機だけでは不可能だと。そうではない、心の底から沸き上がるような、やむにやまれぬ、半ば正気を疑われるようなロマンティシズムがなくてはこの手の航海は無理だと。なるほど。しかし著者はクールでもクレバーでもない。とつぜん根室へやってきて日本の役人に「今から国後島へ渡りたいんだが」と言って通じると思っている。南千島の帰属をめぐる問題についてまったく調べもせずにやってきたらしい。やれやれな脳天気ぶりだが、交渉の末に条件つきで渡航を認めさせてしまう。クールさの欠如を補って余りあるタフさ。しかしロシアに入ったら、ちょうど経済が崩壊していた時期で、行く先々の無法ぶりはクールな理屈の通用する状態ではない。けっきょくは、著者のようにタフなネゴでごり押しはんぶんに乗り切っていくのが、いちばんクールなやりかたでもあった。ちょうどロシアの経済が崩壊していた時期であったとはいえ、著者が報告する北方領土の社会的荒廃ぶりはひどいものだ。インフラは崩壊し、民間人は大半が引き上げてしまって目につくのは軍人ばかり。残った住民は空き家の壁をはぎ取って薪にしている。持てあますんなら返せよと言いたくなる。おそらく、この悲惨な中に、日本の政治家が「ムネオハウス」をつぎつぎに建てて救世主になったんだろう。彼の路線で行ったら本当にこの土地は帰ってきたかも知らんなと思わされた。なんだって彼は失脚させられたんだったっけ? 彼の失脚で得られた成果といえば社民党の女性代議士が一発芸の才能を披露したくらいしか思いつかない。地元に帰れば彼女はヨシモトに再就職可能だと思う。「総理、総理、総理!」「あなたは疑惑の総合商社」云々、いろいろと使える台詞が耳に残る。最後に「今日はこれくらいにしといたるわ」で締めて引き上げるとなおよろしい。って、何の話だったっけ。