まったく予想通りに無罪判決だったわけだが。どこをどうひねれば有罪判決が出るやら私ごときには皆目見当も付かなかったのだが。検察も控訴しない方針だと伝わってくるのも理の当然であろう。しかし理の当然を言えば逮捕もあり得なかったわけで、ときに現実は想像力の限界を超えたことが起こるから厄介で。すみません心嚢穿刺やったことないのに救急から手を引いてません。今日の朝日新聞の朝刊に(うちは大阪本社の13版で29ページに掲載)鳥集徹という人の「大野病院事件『産科医無罪』で終わるな」というご意見が掲載されていた。だが、捜査機関が介入したおかげで、明らかにされた事実があったことには違いない。つまり、医師が中心になって行った病院や県の調査では、遺族が知りたかった「真相」をすべて明らかにすることはできなかったのだ。この事実を、医師側はもっと謙虚に受け止めるべきではないだろうか。と説き、医療側は捜査機関が介入する余地のあることにこだわらず事故調の設立に合意すべきだと主張しておられる。そりゃあ捜査が専門の機関なんだし日本の警察は決して無能じゃないんだから着手したからには新事実もみつけるのが当たり前だろうよとか言うのはつまらん突っ込みかもしれん。私も過去には、事故調査機関は避けてとおれない道だなというような認識にもとづく記事を、このブログにも書いたように記憶している。しかしこの論説など拝読すると、あのころにもしも事故調が実現していたとしたら時期尚早だったのだろうなと思う。今この時点ならどうかは、まだ分らない。たとえばこの逮捕劇の時期、小児科医が軽症患者の時間外受診が多すぎて疲れたとブログに書いて炎上していた時期なら、この鳥集氏の主張が世の大勢を占める主張だっただろうなと思う。むしろこの主張はまだ穏健な部類かもしれなかったなとさえ思う。ひょっとしてその時期に事故調が作られていたとしたら、その制度とか運用とかはずいぶんと医療側に対して厳しいものになっていたことだろうなと思う。しかし当時に事故調が活動を開始していたとしたら、その厳しさがちょっと厳しすぎるんじゃねえかと思いつくほどの想像力を当時も今も私は持ち合わせていないようにも思う。事故調ってのはこんなものなんだろうなと思いながら、事故調から告発されて刑事裁判になった医師の運命を心配することになっていただろうよと思う。それもまた私の想像力の限界だ。今回の逮捕起訴も想像もつかなかったし。事故調の設立を推奨する鳥集氏ですら、捜査機関への通知の問題だけでなく、中立公正性を担保できるかなど、事故調にはいくつもの課題がある。とのご認識である。中立公正性への懸念は私が指摘するまでもなく鳥集氏もご言及のようだ。とすれば、当時もしも事故調が立ち上がっていたとしたら中立公正とされるポイントが今とではずいぶん違ったんじゃないかという点では、鳥集氏も私と認識を一にするところだろうと思う。そのポイントが那辺に位置するべきかという点では、たぶん見解を全く異にすることだろうけれども。あのころに事故調がうまれていたとしたら、それは鳥集氏が仰るような「小さく早く生んで、市民と医療者とで充実した組織に育てていこう」といったささやかな発足のしかたではなく、もっと大々的に医療者に辛くあたる機関になっていたんじゃないかと、いまさら当時の風潮をかえりみて私は戦慄する。いや鳥集氏の論説を拝読して久々に、昔はそうだったよなあなんて思い出してしまいましてね。小さく早くってのは計画的な分娩を比喩のネタにしておられるのですかね。紛争の多い周産期まわり(今回なんてまさにそれではないか)を題材になさるのはあんまり慎重な態度とは思えないんですがね、まあ、そのたとえ話におつきあいして申すなら、あのころなら小さく早くどころではない、なんだか血糖コントロールに難渋した糖尿病のお母さんから出生したかのように、巨大な赤ちゃんとして事故調は誕生したんじゃないかと思うんですがね。児頭骨盤不均衡やなんかで難産したり、出生後も低血糖とか多血症とかでがんがん輸液したり部分交換輸血したりと、設立だけでもいろいろ大騒動になったんじゃないかと思いますがね。いや、そもそもこういう組織で中立公正性が担保できないってのは、それは生まれてくる赤ちゃんの肺に十分なガス交換能力が担保されてないんじゃないかみたいな致命的に危ういお話じゃなかろうかとさえ思う。その状況で出生させようというのを「小さく早く生んで」と仰るあたりはずいぶんあっさりとした表現がおできで羨ましい限りだと、新生児科としては感心してしまう。生育限界を超えてるかどうかの超未熟児をあえて分娩にもっていくかどうかってのは我々でももうちょっと気を遣って考える問題だ。鳥集氏の論説は医師側も「無罪」を喜ぶばかりでなく、大野病院事件の遺族をはじめとする被害者の声に、真摯に耳を傾けてほしい。と締めくくられている。はたして大野病院事件のご遺族は「被害者」の範疇にはいるのか、そうじゃないんじゃないですかというのが今回の裁判の結論だったんじゃないかなと私は疑問に感じる。そのへんはまたモトケン先生のブログとかで勉強しようと思うけど、ただ、今となってはこの論説はもう主流じゃないよなという印象は避けがたいし、状況分析としてそれはたぶん間違っていないと思う。事故調がこれからできるにしても、この論説が主流派だった時代にできたかも知れない事故調とはかなり色彩の異なるものになるんだろうと思う。本来なら世の風潮に流されない事故調が理想なんだけど。