ある日の午後。
2階のベッドの上で子どもたちが飛んだり跳ねたりして遊んでいるのを見ながら、つい私はうとうとと居眠りをしてしまいました。
突然、
「ギャア」
という楽の叫び声にハッと目を覚ますと、うずくまり泣く楽とそのそばに立ち尽くすひびちゃんの姿が。
楽は「痛いよー痛いよー」と激しく泣き叫んでいます。
わけを聞いても興奮してしまって、どこが痛いのかさえわからず…。
ひびちゃんに何があったのか聞くと、
「たたいたの…。」
あちゃー。ひびちゃんが楽を叩いたのかあ。
ダメよ叩いちゃダメ
それにしても尋常じゃない泣き方…。
30分ほどたってからようやくふり絞るように楽は叫びました。
「かじられたの〜」
え
かじられた
ひびちゃん、楽をかじったの
「…うん。」
ひびきあんた嘘ついたね
叩くのとかじるのは違うよ
かじるのは絶対ダメ
私はひびちゃんを厳しく叱りつけ、思わずドンと押し倒しました。
そこは布団の上だったけれど、ひびちゃんは倒れ込んだままワアワアと泣きじゃくりました。
楽の二の腕には、くっきりと歯形が…血も滲んでいました。
これじゃあ痛いはずだ。
手当てをした後、楽は泣き疲れて眠ってしまいました。
痛くてもその状況をすぐに正しく言えない楽。
痛かったね。怖かったね。
ひびちゃんにもう一度言いました。静かに、しかし強い口調で。
叩くのとかじるのは違うよ。
かじるのは絶対ダメなの
それにひびき、嘘ついたよね。
ママ嘘つく子は大嫌い
するとひびちゃんは、キッと私を見ました。
うるうると目には涙が溢れ、唇を震わせながら、ひびちゃんは言いました。
「じゃあひびき、楽のこと許してあげるっ」
ああ。
そうか…ごめん。
ひびちゃん、何もされていないのにかじる訳ないんだ…。
かじる理由がちゃんとあったんだ。
最初に楽が何か…ひびちゃんを叩くとか、邪魔をするとかで…
ひびちゃんは悔しくて…悔しくて…
それであんなにかじったんだね。
ごめんひびちゃん。
ママ、決め付けた。
ひびちゃんだけが悪いんだと。
…本当にごめん。
私はひびちゃんを抱き寄せました。
私の胸の中で、ひびちゃんはワアワアと泣き崩れました。
自閉症という障害のある兄、楽。
だからといって妹の響には、絶対に寂しい思いをさせたくない。
ふたりを平等に育てよう。
そういつも心に誓っていたはずなのに、私は知らず知らずのうちに楽だけをかばい守ろうとしていたんだ。
ひびちゃんは、3歳を過ぎてようやくおっぱいを卒業してオムツが取れたばかり。
まだこんなに小さいのに、最近やたらと自分のことを「ひびきはお母さんだから」と言います。
「ひびきはお母さんだから、お茶碗洗えるよ。」
「ひびきはお母さんだから、大丈夫。できるよ〜」
私のことは心配しないで、私は大丈夫だよママ。
ひびちゃんは、この小さな体でそう強がっていたのかもしれない。
そう思うと、涙が溢れてきました。
ごめん、本当にごめんね響。