「どうして相手の気持ちがわかんないの?!」「相手の気持ちを理解できないなんて冷たい人間だ」「あんたがおかしなことを世間に言ったり行動したりすると 親の私たちが後ろ指をさされるんだ」と、幼い頃から叱られ続けてきた私。ああ、私って相手の気持ちもわからないほどダメな人間なんだどうして他の人たちは相手の気持ちがわかるんだろうもしかして、私が思っていること、周りの人たちは全部わかっているって事?!私が「この人、キライ」って思っていることや「お母さんみたいな人間にだけはなりたくない」とか思っていることも、全部わかられているってこと?!などと、幼い頭をフル回転させ、生まれつきの妄想族体質も手伝ってどんどん自分を追い込んでいった、私・・・しかし、中学生くらいになってやっと気づいた。「他人が私の気持ちを理解できているわけ、ないじゃん」「私は相手の気持ちなんかもちろんわからないけど、 アンタだって私の気持ちをこれっぽっちも 理解しようとしてないじゃん」開き直りだ。この頃から、「人は人、自分は自分」が、私のモットーになった。嫌われたって、否定されたっていい、自分は間違ったことをしていなければ堂々と意見を言おう何一つ、恥じることも後ろ指差されることも無いんだと、心の中では強く激しい自己主張をするようになっていった。しかし、母親の前ではできなかった。ちょっとでも自己主張をすると「どうしてそういう変わった考えなのかわからない」「あなたはちょっと普通とはかけ離れている」「考えが独特すぎて世間では認められない」いつもこんな風に言われ続けたら、自己が崩壊してしまって当然だろう。だけど、ギリギリのところで私は壊れずにいた。母親の考えに従うしか生きていく道が無いと、本能的に悟っていたのだ。幼い頃から植えつけられた「世間で言う普通」と言うものも否が応でも何となく、身についてもきていたのだ。それだけ、母親の私に対するいわゆる「世間的な普通」の刷り込みが強くなされてきたと言うことだ。今となっては、それもちょっとありがたいとも思ったりする。のび太に「常識」や「ルール」を教える時に「世の中ではこういうことをすると非難されるらしいよ」「それは世間では『ヘンな人』って思われるんだって」と言うように、教えられるから。人生に無駄は無いとは、よく言ったものだ。だけど、願わくば、私のように親にまで否定され、自己否定感の塊の幼少期を過ごさねばならない子がこれ以上、増えませんように、と思う。何故なら、どんなに開き直っても、どんなに年齢を重ねても幼い時の心の傷というものは絶対に癒える事はない。癒えるどころか、経験を積み重ねると共にヒリヒリと痛みを増して傷口が広がっていくばかりだ。反面教師、じゃないけれど、のび太にこんな思いは絶対にさせたくない。だから、のび太に向かって何度も何度も言い続ける。「のび太はのび太のままでいいんだよ。 お父さんとお母さんはどんなことがあっても のび太のことを守るからね」のび太に話しかけながらのび太に幼い頃の自分の姿を映しつつ、何度も何度も言い続ける。