僕は楽器を演奏するので練習をするのだが、それと同時に自分の技術に限界を感じることも多い。「ああ、とても出来ないな」と思うことが毎日数回はあるのだが、これだけ情報が多くなると、全てを網羅するのは到底無理な話で、フォーカスを絞らないと時間を無駄にしてしまう。楽器を教えるようになって、人それぞれに楽器を演奏することに対する楽しみ方の違いを知る事になった。ある子は曲を完全にコピーすることに楽しみがあり、ある子は一部分でも出来れば後は自分なりに演奏してみたい。基本から教えて上達する子もいれば、大好きな曲をとにかく弾けるようにすることで後から基本の部分を必然的に学ぶというパターンもある。ベンの学校の学期末面談で先生方から聞いたのは、今までで一番嬉しいニュースだったかも知れない。それは、「ベンはジョブ・トレーニング(職業訓練)で凄く真面目に働いて、ベスト・ワーカーのうちの一人なんですよ」というお話だった。学校で半年程前から授業の一環として行われているこのプログラムは、老人ホームのカフェテリアでのランチを用意するというもの。役目を分けて盛りつけ、テーブル・セッティングと、毎週それぞれ違った仕事を担当する。「ベンは仕事中はきちんと規則を守って、黙々と仕事をするんです。例えば手袋をした手で髪の毛を触ってしまったら、その手袋を交換しなければならないんですが、そういったこともきちんと出来るんです」。驚いたのは、あれだけ体を叩いたりする自己刺激行為が多いのに、きちんと一所に留まっていられるという事だった。だから当然、作業など無理だろうと高をくくっていたのであったが、どうやら「仕事」という決められた枠組みの中では自分で区別して行動しているようなのだ。「問題があるとすれば、仕事が終わった後ですね。整列して学校に戻るのを待っている時に、クルクルと回ったり、体を叩いたり、足を踏みならしたりしてしまうと回りに居るのが老人なので、やはりびっくりしてしまうんです」。仕事からの解放感なのだろうか、ベンが体を叩いている姿が目に浮かび、いとおしくも感じるのだが、失礼な事にも回りの老人が驚いている姿も浮かんできてちょっと面白くなってしまった。まだ、外を一人で自由に歩く事の出来ない15歳が、きちんと言われた仕事をすることが出来る。 ベンの人生にとっての練習は楽器の練習と同じように、出来ることから始まっていた。